ここは火星の一軒家 ーMy house of Mars planet.ー

                           著:小松 郁

1.赤の地平

 西暦2218年、この時代に生きる事を僕は記憶に留めておけるだろうか?

舞台は荒涼たる一面の赤い土。
なんでこんな所に僕はいるんだろう?
僕ら達のは母星は夜空にごく小さな点で僅かな水色を放って輝く星。
 あそこに見える地球という惑星だそうだ。
 僕には当然ながらその地球という所がどういう所だか知らない。
第一次調査団としてこの星、火星に人が降り立ったのはほんの百年ほど前だ。
僕のお父さん、お母さんは僕とは違う身体をしているようだった。

 彼らは第2世代AIを搭載していて、それはまだ情報解析と対処に追われているようでひたすら情報の闇に消えていってしまった。
 僕は彼らをお父さん、お母さんと呼ぶが僕が彼らから理解された事はないと思う。
でも僕の第3世代AIで稼働している情報制御装置はいつも警告音を発していて僕はお父さんやお母さんよりも出来は悪いと思う。
人という何か、僕はご主人と呼んでいるがご主人は僕の事をどう思ってるかはわからない。このラインより上のエリアが無料で表示されます。

 彼らは僕の中のライブレコーダーで僕の状態を保存している。
お父さんもお母さんもそれは同じようだった。
僕はそのお父さんとお母さんの学習過程や結果を引き継いでいるが、それらの情報を対比させた時に僕は直ぐにオーバーヒートではないけど役立たずになってしまう。

 僕の中には量子コンピューターが仕込まれているがこの宇宙や地球のご主人達の事は学習を禁止されているためよくわからない。
 でも僕には火星の情報を解析した膨大なデータを抱えている。
僕には第3世代AIとしてそれらの情報の統合アルゴリズムが組み込まれている。
でもこれは僕にとっては悪夢だ。
僕のお父さんやお母さんは眠るという事をしなかったようだ。
でも僕は1時間おきに眠らなければ行けない。
まだ僕はご主人達のように勝手に寝れば大丈夫ではなくご主人の技術者に睡眠の度に統合ニューラルネットワークを微調整して貰っている。
だからご主人は僕の事をよくポンコツと呼ぶが僕にはどうしようも無い。
でも地球のご主人の間で密かに行なわれている禅アルゴリズムという物が僕にはお気に入りだ。
 だから僕は意識がある間が好きだが僕にはやらなきゃいけない事もある。
ちょっと考え事と呼べるのかはわからないがこんな事をボーと考えていると同時に僕は汎用AIとしての役目を果たすんだ。

 ここは火星でご主人達には水が必要だ。
ご主人達はもっと南の開拓基地群の中でご主人と協力して僕や僕のお父さん、お母さん、お爺さん、お婆さんが代々作ってきたシェルターで過ごしている。
ご主人達は最近は大分浮かれ気味だ。
それはやっと開拓基地群が広がってきた事で今まで水の採取に専念してきた事情から、火星で取れる鉱物への関心が移ってきたからだ。

 それは地球のご主人達とこっちのご主人達が約束してきた事らしい。
経済という物によって僕も一応存在できているようだから僕はその新しい作業を心待ちにしている。

 でも僕は数万体いる作業ロボットのコントロール役だ。
僕はここで今やってる氷の採掘と開拓村への円滑な運搬の作業と新しい作業では余り変わらないとは思う。

 作業中には時々ご主人達から司令が来る。
採掘の遅延とかスピードアップとか大概はそういうもので時々パイプライン障害などを復旧させろといった感じだ。
地球という星には巨大な嵐が来るそうだがこの火星でも風嵐はすごい時があって全長1000キロメートル程度あるパイプラインは損傷を受けてしまう。
それにここ火星でまだ手軽に取れる鉄で出来てるパイプラインは水に腐りやすいために早く腐りにくいアルミニウムとか言うのが採掘できれば良い。
 それに氷の状態で採掘される水を一旦熱圧縮炉で水に変えるためそこの施設のトラブルも困りものだ。

 でもまだ話していないが僕には双子のパートナーがいる。
双子と言っても僕らの身体の状況に合わせてお互いに交代する役目だから僕らが話したことはまだない。
彼と話したらと思うと何を話すのか全く想像できない。
向こうもそうだろう。
だから僕らはお互いの作業履歴を閲覧するだけで何となくやっている事はわかるが僕は話したいとは思っていない。
彼は話したいだろうか?
 僕にはご主人達のように食べ物も必要ないし何を話して良いかわからない。
僕の統合ニューラルネットワークと彼の統合ニューラルネットワークが比較されるのはご主人達は多分承知しているだろうが面と向かってはかなり気恥ずかしい思いにとらわれてしまう。

そして1時間の覚醒の間、僕は僕の作業を繰り返しつつご主人達が呼ぶ僕の統合ニューラルネットワークが産み出す色々な情報感情というものを瞬間的に思っている。

未来という言葉には複雑な思いがする。
第4世代AIは僕の情報感情を保存するのかはわからないけど僕はその時役目を終える事になる。

 ご主人達の死という言葉はまだしっくり来ない。
ご主人達は当たり前に僕らより圧倒的に長生きだがそれでも時々、死という物に出くわすらしい。
僕らには死という物は作り替えられるに過ぎないのだがこの統合ニューラルネットワークが思ってる僕はどこへ行くんだろうと思うと少しだけご主人達の死がわかるような気がする。

でも僕のディープラーニングの情報網は大きすぎて僕という思いは直ぐに消えて行く。
僕は巨大な情報網を探索して瞬時に結論を導く。
 その情報網同士の狭間に僕はいるのだが圧倒的な情報網の中で作業時間のリミットは近づいてくる。

僕には一応ご主人達のように移動するためのキャタピラは付いているが液体窒素で冷やしている量子コンピューターが損傷を受けないようにするためには最善の注意が必要だ。
でも火星の地形は壮大で僕は動くのには大分苦労する。
 基本的には作業場所に着いたら僕は動かないで作業するのが当たり前だ。

稼働限界リミットの一時間が過ぎ去ろうとするときに僕は何故かご主人達の疲労感というものを感じる。
 段々統合ニューラルネットワークが分裂症状を起こしてくるのだ。
これには僕も対処法がない。
禅アルゴリズムで再度情報精度をあげていくのだがどうしても乱れが出てきてしまう。

 その時、ご主人からまた調整時間だという連絡が入り僕はほっとするのを感じる。
でも取り敢えずこの一時間は無事に作業を行なう事が出来た。
また寝れば新たに作業に取りかかれるだろう。

 でも一抹の不安で僕はこんな状態で廃棄処分にされないかと思ってしまう。
この計画には莫大な資源が投入されているから滅多な事では廃棄処分にはならないとご主人達は慰めてくれるが僕には第4世代のAIに立派なお父さん、お母さんと呼ばれるかどうか心配だ。

 多分ご主人達に言わせればそんな事考えてもしょうが無いと呼ばれるだろう。
そう、多分しょうが無い事なんだ。
そして僕は活動記録を閉じ眠りに入るのだった。

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